| タイトルコード |
1000101228516 |
| 書誌種別 |
図書 |
| 書名 |
ミシェル・フーコー自己変容としての文学 |
| 書名ヨミ |
ミシェル フーコー ジコ ヘンヨウ ト シテ ノ ブンガク |
| 言語区分 |
日本語 |
| 著者名 |
柴田 秀樹/著
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| 著者名ヨミ |
シバタ ヒデキ |
| 出版地 |
東京 |
| 出版者 |
青土社
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| 出版年月 |
2025.2 |
| 本体価格 |
¥2800 |
| ISBN |
978-4-7917-7696-2 |
| ISBN |
4-7917-7696-2 |
| 数量 |
248,13p |
| 大きさ |
19cm |
| 分類記号 |
950.27
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| 件名 |
フランス文学
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| 個人件名 |
Foucault Michel |
| 注記 |
文献:巻末p8〜13 |
| 内容紹介 |
初期の、旺盛に文学論を発表する思想家としての顔を捨て、文学から離反したかに見えた後期にも、<文学>の可能性を模索しつづけたフーコー。見落とされてきたフーコーと文学のあいだの接点を丹念にあとづける。 |
| 著者紹介 |
広島県生まれ。京都大学大学院文学研究科文献文化学専攻博士後期課程修了。追手門学院大学、関西学院大学、京都大学、滋賀短期大学で非常勤講師を務める。博士(文学)。 |
| 目次タイトル |
序論 |
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第一部 言語そのもののほうへ-六〇年代文学論 |
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第一章 書物、図書館、アルシーヴ-フーコー文学論の問題圏 |
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はじめに 一 文学言語と空間性 二 書物と図書館 三 アルシーヴと時間性 おわりに |
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第二章 語るのは語それ自体である-鏡としてのマラルメ |
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はじめに 一 マラルメと文学の言語 二 マラルメとの離別 おわりに |
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第三章 模倣としての翻訳、侵犯としての翻訳-クロソウスキーの波紋 |
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はじめに 一 クロソウスキーの「垂直的」翻訳 二 暴力としての翻訳 三 シミュラークルとしての翻訳/侵犯としての翻訳 おわりに |
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第四章 フーコーはいかにしてレーモン・ルーセルを読んだか |
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はじめに 一 『レーモン・ルーセル』と円環 二 『レーモン・ルーセル』における「個人的」なもの おわりに |
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第二部 自己の変容、文学の変容-七〇年代以降の文学論 |
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第五章 微粒子たちの軌跡-境界線上の「ヌーヴェル」 |
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はじめに 一 瞬間性と現実性 二 権力、生、言葉 三 文学の誕生 四 文学の特異な立場-真理と権力に関する二重の関係 五 六〇年代文学論からの転回-「外」の放棄と「生」 六 文学と「文学ではないもの」 おわりに |
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第六章 真理の劇場-フーコーと「演劇」 |
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はしめに 一 六〇年代フーコーと演劇 二 七〇年代フーコーと演劇 三 八〇年代フーコーと演劇-身体とセクシュアリティ おわりに |
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第七章 文学と自己変容-「経験」としてのフィクション |
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はじめに 一 「フィクション」と「匿名の「ひと」」 二 フィクション、文学、エクリチュールと「死」 三 経験としての「フィクション」 四 文学と経験 おわりに |
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結論 |