| タイトルコード |
1000101265796 |
| 書誌種別 |
図書 |
| 書名 |
大正教養主義の成立と末路 |
| 書名ヨミ |
タイショウ キョウヨウ シュギ ノ セイリツ ト マツロ |
|
近代日本の教養幻想 |
| 言語区分 |
日本語 |
| 著者名 |
松井 健人/著
|
| 著者名ヨミ |
マツイ ケント |
| 出版地 |
京都 |
| 出版者 |
晃洋書房
|
| 出版年月 |
2025.8 |
| 本体価格 |
¥2700 |
| ISBN |
978-4-7710-3975-9 |
| ISBN |
4-7710-3975-9 |
| 数量 |
201p |
| 大きさ |
22cm |
| 分類記号 |
372.106
|
| 件名 |
日本-教育
読書-歴史
|
| 個人件名 |
Koeber Raphael |
| 注記 |
文献:p189〜199 |
| 内容紹介 |
日本における教養主義の初発あるいは元祖たる存在として理想視されてきた「大正教養主義」の成立と顚末を史料に基づいて解明。これまで理念的・抽象的に称揚あるいは非難されてきた大正教養主義を、新たな視点で捉える。 |
| 著者紹介 |
和歌山県和歌山市生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程修了、博士(教育学)。東洋大学文学部日本文学文化学科助教。著書に「教養・読書・図書館」がある。 |
| 目次タイトル |
序章 大正教養主義という原像 |
|
0-1 問題の所在と本書の構成 0-2 「教養主義」をめぐる研究文脈 |
|
第Ⅰ部 大正教養主義の生成 |
|
第1章 大正教養主義の起源 |
|
1-1 はじめに 1-2 大正教養主義におけるケーベルの立ち位置 1-3 ケーベルの教養論 1-4 ケーベル教養論の内実とその歴史的性格 1-5 おわりに |
|
第2章 教養の閉鎖領域 |
|
2-1 問題の所在-大正教養主義の原像、あるいは大正教養主義記述の定型をめぐって 2-2 東京帝国大学におけるケーベルと教養 2-3 ケーベル受容からみる「教養」の展開 2-4 大正教養主義の原/幻像をめぐって |
|
第3章 暗記・暗記・暗記 |
|
3-1 問題の所在-旧制高等学校とドイツ語 3-2 旧制第一高等学校におけるドイツ語教育課程と教授法 3-3 旧制第一高等学校のドイツ語教育の実際 3-4 おわりに |
|
補章 「教養」(Bildung)の語史 |
|
補-1 はじめに 補-2 明治期から昭和前期の独和辞典における「Bildung」・「Erziehung」・「Kultur」 補-3 明治期から昭和前期における和独辞典の「教育」・「教養」・「文化」 補-4 おわりに |
|
第Ⅱ部 大正教養主義の成立 |
|
第4章 働きたくない |
|
4-1 はじめに 4-2 『三太郎の日記』における読書を巡って 4-3 『三太郎の日記』における読書の意義 4-4 相克する「社会」と「読書」 4-5 おわりに |
|
第5章 人格と怨念 |
|
5-1 はじめに 5-2 『三太郎の日記』を巡る研究動向 5-3 書評にみる『三太郎の日記』受容 5-4 生成する神話-<人格主義的コード>前哨戦 5-5 おわりに |
|
第6章 読書をかさねて差別する |
|
6-1 はじめに 6-2 阿部次郎の教養論と読書論 6-3 読書と生活のかかわり 6-4 教養と愛のかかわり 6-5 阿部次郎教養論のネタ元としてのゲーテ 6-6 読書と愛とは、植民地支配である-『三太郎の日記』以後の阿部次郎 |
|
第Ⅲ部 大正教養主義の末路 |
|
第7章 教養の戦争協力 |
|
7-1 問題の所在-大正教養主義と安倍能成 7-2 旧制第一高等学校長期の安倍能成の著作の分析 7-3 おわりに |
|
第8章 教養を忘れて |
|
8-1 はじめに 8-2 安倍能成の位置づけ 8-3 安倍能成の自由観 8-4 安倍能成の教育論-個人の自由と民主主義 8-5 民主的かつ愛国的-あるいは論者としての安倍能成の位置 |
|
第9章 大正教養主義の末路 |
|
9-1 はじめに 9-2 西洋古典の読書から日本文化回帰へ-戦中期の阿部次郎 9-3 戦後期の阿部次郎の言論活動 9-4 おわりに |
|
終章 大正教養主義という幻像 |
|
終-1 本書の内容のまとめ 終-2 教養主義研究のイデオロギー 終-3 大正教養主義の末路と今後 |