タイトルコード |
1000100258200 |
書誌種別 |
図書 |
書名 |
朝鮮燕行使と朝鮮通信使 |
書名ヨミ |
チョウセン エンコウシ ト チョウセン ツウシンシ |
言語区分 |
日本語 |
著者名 |
夫馬 進/著
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著者名ヨミ |
フマ ススム |
出版地 |
名古屋 |
出版者 |
名古屋大学出版会
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出版年月 |
2015.2 |
本体価格 |
¥8800 |
ISBN |
978-4-8158-0800-6 |
ISBN |
4-8158-0800-6 |
数量 |
10,699,32p |
大きさ |
22cm |
分類記号 |
221.05
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件名 |
朝鮮-対外関係-中国-歴史
朝鮮-対外関係-日本-歴史
朝鮮通信使
国際文化交流-歴史
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内容紹介 |
燕行使494回、通信使12回。巨大外交ルートが映し出す、しられざる東アジア世界の構造とは。琉球の位置づけや、日朝中知識人の学術交流、洪大容の中国行などを手がかりに、東アジア国際関係の実像を浮かび上がらせる。 |
目次タイトル |
序章 朝鮮燕行使とは何か |
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一 朝鮮燕行使という呼称とその回数 二 朝鮮燕行使団の人員数と朝貢貿易 三 朝鮮燕行使団の編成 四 問題提起 |
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第Ⅰ部 一四-一九世紀、朝鮮をめぐる東アジアの国際関係と国際構造 |
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第一章 朝鮮の外交原理、「事大」と「交隣」 |
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一 はじめに 二 「交隣」の原義と外交原理としての採用 三 「交隣」原理と通信使の派遣 四 「事大」原理と種族的華夷思想 五 結語 |
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第二章 明清中国の対朝鮮外交における「礼」と「問罪」 |
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一 はじめに 二 明初洪武期の対高麗外交と朝鮮外交文書の非礼事件 三 「仁祖反正」と冊封問題 四 清初、朝鮮外交文書の違式事件 五 結語 |
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第三章 一六〇九年、日本の琉球併合以降における中国・朝鮮の対琉球外交 |
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一 はじめに 二 清朝の「冊封国」は何箇国だったか 三 一六〇九年、日本の琉球併合直後における明朝の対琉球外交 四 一六一二年、琉球入貢以後における明朝の対琉球外交 五 朝鮮・琉球外交の杜絶 六 結語 |
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第四章 朝鮮知識人による琉球の国際的地位認識 |
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一 はじめに 二 一八世紀、朝鮮燕行使による三つの琉球人見聞録 三 元重挙と成大中の琉球認識 四 洪大容と朴趾源、李徳懋の琉球認識 五 一七九四年、琉球漂流民の陸路送還と朴斉家『北学議』 六 結語 |
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第Ⅱ部 一六・一七世紀、朝鮮燕行使による中国観察と中国批判 |
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第五章 一五七四年朝鮮燕行使の「中華」国批判 |
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一 はじめに 二 許【ホウ】と趙憲 三 「礼義之邦」の人々に対する処遇 四 陽明学、是か非か 五 「中華」国の現実と批判 六 結語 |
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第六章 改革方案『東還封事』に見える趙憲の中国報告 |
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一 はじめに 二 中国報告と実際の見聞(一) 三 中国報告と実際の見聞(二) 四 結語 |
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第七章 朝鮮燕行使による反清情報の収集とその報告 |
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一 はじめに 二 閔鼎重の中国旅行 三 「王秀才問答」の分析 四 結語 |
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第Ⅲ部 一八・一九世紀、燕行使と通信使における学術交流 |
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第八章 朝鮮燕行使による漢学・宋学論議とその周辺 |
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一 はじめに 二 申在植とその編書『筆譚』 三 漢学、是か非か 四 漢学・宋学論議の周辺 五 結語 |
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第九章 朝鮮通信使による日本古学の認識 |
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一 はじめに 二 往路、大坂以西における古学情報 三 江戸における古学認識の深まり 四 復路、再び大坂にて 五 結語 |
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第一〇章 一七六四年朝鮮通信使と日本の徂徠学 |
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一 はじめに 二 徂徠学認識の進展 三 徂徠学派校勘学と古典籍復刻に関わる知識の進展 四 帰国後における徂徠学の紹介 五 筆談記録に見える徂徠学への対応と評価 六 結語 |
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第一一章 朝鮮通信使と日本の書籍 |
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一 はじめに 二 一七四八年における日本の古典籍に対する態度 三 一七六四年における日本古典籍獲得の熱意 四 朝鮮への日本古典籍の伝播 五 結語 |
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第Ⅳ部 東アジアにおける洪大容燕行の意義 |
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第一二章 一七六五年洪大容の燕行と一七六四年朝鮮通信使 |
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一 はじめに 二 洪大容燕行の目的と国内での衝撃 三 洪大容と通信使元重挙らによる中国人・日本人観察の類似性 四 洪大容と元重挙が体験した中国・日本の「情」 五 結語 |
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第一三章 洪大容『乾浄【トウ】会友録』とその改変 |
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一 はじめに 二 改変作業の始まりと潘庭筠の対応 三 『乾浄【トウ】筆談』のテキストとしての問題 四 『乾浄【トウ】会友録』原本と『乾浄筆譚』『乾浄【トウ】筆談』 五 改変事例その一 六 改変事例その二 七 書名の改変 八 結語 |
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第一四章 洪大容『医山問答』の誕生 |
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一 はじめに 二 朱子学からの脱却の契機 三 “中国人を説服した”との伝説 四 荘子思想への傾倒 五 憤激の書『医山問答』 六 結語 |
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第V部 朝鮮燕行録と使朝鮮録 |
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第一五章 日本現存朝鮮燕行録解題 |
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一 はじめに 二 解題作成の目的 三 解題 |
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第一六章 使琉球録と使朝鮮録 |
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一 はじめに 二 「冊封使録」と「使琉球録」 三 使朝鮮録解題 四 使琉球録と使朝鮮録の特質 五 結語 |
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終章 |
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補論一 明清中国による対朝鮮外交の鏡としての対ベトナム外交 |
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一 はじめに 二 永楽帝による「問罪の師」 三 嘉靖帝による「問罪の師」 四 乾隆帝による「問罪の師」 五 結語 |
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補論二 ベトナム如清使と中国の汪喜孫 |
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一 はじめに 二 『【ビ】川使程詩集』と范芝香の如清行 三 范芝香と汪喜孫の贈答唱和詩 四 結語 |
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補論三 朝鮮通信使が察知した尊皇討幕の言説 |