| タイトルコード |
1000100491071 |
| 書誌種別 |
図書 |
| 書名 |
情動とモダニティ |
| 書名ヨミ |
ジョウドウ ト モダニティ |
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英米文学/精神分析/批評理論 |
| 言語区分 |
日本語 |
| 著者名 |
遠藤 不比人/著
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| 著者名ヨミ |
エンドウ フヒト |
| 出版地 |
東京 |
| 出版者 |
彩流社
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| 出版年月 |
2017.3 |
| 本体価格 |
¥3200 |
| ISBN |
978-4-7791-2308-5 |
| ISBN |
4-7791-2308-5 |
| 数量 |
273p |
| 大きさ |
20cm |
| 分類記号 |
930.27
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| 件名 |
英文学-歴史
精神分析
情動
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| 注記 |
文献:p251〜259 |
| 内容紹介 |
19世紀的な「個人」が抱く「感情」を逸脱する「もの」、あるいは個人的な主観性ではなく「間主観的」な集団性を希求する政治的欲望=「情動」をめぐり、フロイトらの思想と並列し、近現代の英米文学等を縦横無尽に読み解く。 |
| 著者紹介 |
慶應義塾大学大学院博士課程単位取得退学。博士(学術、一橋大学)。成蹊大学文学部教授(イギリス文学・文化、文化理論)。著書に「死の欲動とモダニズム」など。 |
| 目次タイトル |
序章 情動という近代心理学=文学の内/外部に宿る「もの」 |
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反心理学/文学としての情動 リアリズムの内部の外部たる情動 内部と外部、あるいは主体と対象の誕生 露出する「ただの名前」 情動という残滓的な「もの」 風景の情動=実存化、フライとウルフの美学理論 |
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Ⅰ フロイトに抗う情動 |
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第一章 D・H・ロレンス、否定性に宿るもの |
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フロイト中心主義を超えて 「無意識」という力動性の殺害 知り得ぬことの力動的な生命 ロレンスの生命主義と全体性 力動的な口唇性と肛門性、あるいは撹乱される有機体論 ロレンス的反心理と情動 ロレンスの情動論的可能性 |
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第二章 ジョウン・リヴィエール、母娘関係という過剰 |
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フロイトの内部の外部たるクライン フロイトという仮装 フロイトに残存し反復する「母娘関係」 事後性ということ フロイト/リヴィエールにおける転移関係 情動のテクスト的(非)場所 |
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Ⅱ 革命と情動 |
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第三章 レイモンド・ウィリアムズ、情動と集合性 |
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情動理論と感情構造 残滓的なものとしてのフロイト的情動 情動とその政治性 |
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第四章 D・H・ロレンス、単独者とマルクス主義 |
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ロレンスをめぐる批評的ステレオタイプ ロレンスとモダニズム的矛盾 驚くべき誤読 何にも還元できない個の集合(社会)性 普遍性=単独者性という無媒介的な飛躍 ロレンス=ウィリアムズ=スピヴァクという比較文学的想像力 |
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第五章 バルト、ド・マン、メールマン、情動と間テクスト性 |
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不気味なものとしての情動 バルト/フロイト フロイト/ド・マン マルクス/バルト バルト/ド・マン/メールマンの情動=間テクスト空間 |
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Ⅲ 日常性に宿る情動 |
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第六章 エドワード・オールビー、冷戦と不気味なもの |
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冷戦とテクスト 核と核家族と性 「歴史」を抑圧した歴史としての冷戦=核家族 「異化」としての「性」の露出 |
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第七章 三島由紀夫、天皇、冷戦、風景 |
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純粋な日本(語)への殉教? 『平凡パンチ』と三島由紀夫 リベラルな冷戦知識人としての三島 去勢の肯定と否定 三島のエクリチュールにおけるフェティシスト的意味論 情動=音響をめぐる意味論 情動と冷戦構造 |
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第八章 カズオ・イシグロ、「日本」という過剰 |
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カタカナという不自然、あるいは過剰 イシグロ的不自然における<過剰=外傷>としての日本 過剰=外傷の物語的反復 信頼できない語り手の外傷的物語 とくに最初の二楽章が… |
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終章 ジェイムソン、フェルマン、情動と言語行為 |