| タイトルコード |
1000101238028 |
| 書誌種別 |
図書 |
| 書名 |
戦後ドイツと知識人 |
| 書名ヨミ |
センゴ ドイツ ト チシキジン |
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アドルノ、ハーバーマス、エンツェンスベルガー |
| 言語区分 |
日本語 |
| 著者名 |
橋本 紘樹/著
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| 著者名ヨミ |
ハシモト ヒロキ |
| 出版地 |
京都 |
| 出版者 |
人文書院
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| 出版年月 |
2025.3 |
| 本体価格 |
¥4500 |
| ISBN |
978-4-409-03136-0 |
| ISBN |
4-409-03136-0 |
| 数量 |
321p |
| 大きさ |
20cm |
| 分類記号 |
309.0234
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| 件名 |
社会思想-ドイツ
知識階級
ドイツ-歴史-東西分裂時代(1945〜1990)
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| 注記 |
略年表:p290〜291 文献:p294〜313 |
| 内容紹介 |
戦後民主主義を模索するドイツで、思想家・文学者たちはどのような現実と格闘していたのか。書籍、講演、学生運動との討論などの分析から、自己省察と対話を掲げ葛藤する知識人の新たな姿を描く。 |
| 著者紹介 |
滋賀県生まれ。九州大学大学院言語文化研究院助教。専門は、47年グループやフランクフルト学派を中心とする現代ドイツ文学・思想。 |
| 目次タイトル |
序章 |
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一 知識人とはなにか 二 知識人研究の方法論、あるいは対象の選択 三 ドイツ連邦共和国とアドルノ、ハーバーマス、エンツェンスベルガー 四 全体の構成 |
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第一章 「自己省察」的な知識人の始まり |
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一 『ミニマ・モラリア』におけるアドルノの知識人観 二 アドルノによる「弁証法的批判」 |
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第二章 アドルノによる二つのハイネ講演、あるいは文化批判と社会 |
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一 アメリカ亡命時の文化観 二 アメリカ講演「ハイネの再評価に向けて」 三 戦後の復古主義とアドルノ 四 ドイツ講演「ハイネという傷」 五 おわりに |
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第三章 押しよせる抗議運動の波とアドルノによるメディア実践 |
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一 一九六〇年代の西ドイツの社会情勢-『シュピーゲル』事件から六八年運動へ 二 アドルノとゲーレン-批判理論と制度理論の対決 三 「公共性-それは本来何を意味するのか」と『シュピーゲル』事件 四 「制度と自由」-批判と制度の理想的な関係をめぐって 五 おわりに |
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第四章 ハーバーマスとアドルノの結節点 |
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一 「公共圏」と西ドイツの民主化-『公共圏の構造転換』と『シュピーゲル』事件 二 激化する抗議運動、あるいは理論と実践-アドルノからハーバーマスへ 三 おわりに |
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第五章 国家と抗議、ハーバーマスから見た六八年 |
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一 制度としての国家-戦後のゲーレンの思想を振り返る 二 ハーバーマスにとってのゲーレン-制度の意義をめぐって 三 ハーバーマスと学生運動-批判、民主主義、国家 四 おわりに |
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第六章 詩と社会をめぐるエンツェンスベルガーの問題圏 |
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一 エンツェンスベルガーとアドルノ-「難しい仕事」の解釈をめぐって 二 「懐疑」と表題作「点字」-アウシュヴィッツ以後の詩的実践 三 『時刻表』創刊時の問い-文学の可能性の追求 四 おわりに |
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第七章 歴史を媒介とした文学と政治的実践の架橋 |
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一 ペーター・ヴァイスとの論争 二 「クローンシュタット一九二一、あるいは第三の革命」 三 「さまざまな五つの詩」 四 おわりに |
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第八章 作家、そして知識人としてのエンツェンスベルガー |
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一 三つの「常套句」-西ドイツにおける変革の可能性と文学の位置 二 『ハバナの審問』-「自己省察」および「大いなる対話」の実践に向けて 三 おわりに |
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終章 後期近代における知識人の役割 |
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一 アドルノ、ハーバーマス、エンツェンスベルガーの歴史的な知識人像 二 一九七〇年代/八〇年代以降の社会の変容と「近代」の行方 三 二一世紀を迎えた「後期近代」の危機-レクヴィッツとローザによる時代診断の交点 四 おわりに-現代における知識人の可能性 |