タイトルコード |
1000100566476 |
書誌種別 |
図書 |
書名 |
子どもの<内面>とは何か |
書名ヨミ |
コドモ ノ ナイメン トワ ナニカ |
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言語ゲームから見た他者理解とコミュニケーション |
言語区分 |
日本語 |
著者名 |
杉田 浩崇/著
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著者名ヨミ |
スギタ ヒロタカ |
出版地 |
横浜 |
出版者 |
春風社
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出版年月 |
2017.10 |
本体価格 |
¥3700 |
ISBN |
978-4-86110-556-2 |
ISBN |
4-86110-556-2 |
数量 |
352,4p |
大きさ |
20cm |
分類記号 |
371.1
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件名 |
教育哲学
コミュニケーション
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注記 |
文献:p328〜349 |
内容紹介 |
子どもの<内面>はどのように見出せるのか。生命倫理学における還元論的な人格論を批判的に検討することにより、日常的な言語ゲームにおける他者理解の機制を解明、子どもの内面表出を非還元論的に捉えることの必要性を示す。 |
著者紹介 |
1984年滋賀県生まれ。広島大学大学院教育学研究科博士課程後期修了。博士(教育学)。愛媛大学教育学部講師。専攻は教育哲学。 |
目次タイトル |
序章 問題の所在と研究方法 |
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第一節 問題の所在 第二節 応用倫理学における「限界事例」という問題圏 第三節 「人格」と「person」の概念史 第四節 研究の目的と先行研究の検討 |
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第一章 内面に関する一人称的アプローチの批判 |
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第一節 生命倫理学における人格概念の系譜 第二節 還元論的な人格概念の意義と課題 第三節 一人称権威と三人称規準の相補関係において成り立つ「人格」 |
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第二章 内面に関する三人称的アプローチの批判 |
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第一節 教育学における脳科学的なアプローチ 第二節 ベネットとハッカーの主張-脳が考えるのではなく、人格が考える 第三節 デネットとサールの反論 第四節 不確実性を内包する心理学的な概念の適用 |
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第三章 言語ゲームにおいて表出される<内面>の位置価 |
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第一節 「文法」という視座 第二節 ウィトゲンシュタインの「私的言語」批判 第三節 内観主義と行動主義の対立軸を超えて-表出主義という視座 第四節 <内面>の文法上の移行 第五節 慣習や文化に支えられた「魂に対する態度」という生活形式 |
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第四章 アスペクトとして顕現する<内面>のダイナミズム |
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第一節 アスペクト知覚という方法論的視座 第二節 「〜を見る/〜が見える」の盲目性と魂に対する態度 第三節 「〜として見る/〜に見える」という言明によって構成される<内面> |
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第五章 「理由の論理空間」とその裂け目 |
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第一節 教育学におけるマクダウエルとブランダムの受容およびその難点 第二節 経験における概念の先行性-セラーズの「所与の神話」批判 第三節 概念化能力と道徳的感受性-マクダウエルの認識論と徳倫理学 第四節 言語的表現によるコミットメントの明示化-ブランダムの推論主義 第五節 「〜に見える」の言明がひらく規範の裂け目 |
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第六章 <内面>に関する語りの道徳と倫理の両義的関係 |
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第一節 クッツェーの『動物のいのち』とその解釈-シンガーが読み落としたもの 第二節 ダイアモンドの動物倫理とそれに対する批判 第三節 現実に対する哲学と詩の力-「現実の難しさと哲学の難しさ」読解 第四節 アスペクト知覚と倫理学 |
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終章 他者理解の機制 |