タイトルコード |
1000100874347 |
書誌種別 |
図書 |
書名 |
信仰と想像力の哲学 |
書名ヨミ |
シンコウ ト ソウゾウリョク ノ テツガク |
|
ジョン・デューイとアメリカ哲学の系譜 |
言語区分 |
日本語 |
著者名 |
谷川 嘉浩/著
|
著者名ヨミ |
タニガワ ヨシヒロ |
出版地 |
東京 |
出版者 |
勁草書房
|
出版年月 |
2021.2 |
本体価格 |
¥5700 |
ISBN |
978-4-326-10292-1 |
ISBN |
4-326-10292-1 |
数量 |
7,351,26p |
大きさ |
22cm |
分類記号 |
133.9
|
件名 |
アメリカ哲学-歴史
|
個人件名 |
Dewey John |
注記 |
文献:巻末p9〜26 |
内容紹介 |
他者と状況から学びつつ思考し、保守的かつリベラルな未来志向の哲学を構想したデューイは、近代化にどう応答したのか。大衆社会論、心理学、神学、自然主義、パース、ローティなどとの線を結び、アメリカ哲学の系譜を辿る。 |
著者紹介 |
1990年生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。博士(人間・環境学)。京都市立芸術大学美術学部デザイン科特任講師ほか。 |
目次タイトル |
導入 ジョン・デューイはどうして宗教哲学者なのか |
|
1 彼の知的ポートレイト 2 宗教はなぜ哲学の問題になるのか 3 デューイはなぜ検討されねばならないか 4 議論の手順や構成について |
|
序論 A Common Faithはなぜそう呼ばれるか |
|
1 宗教哲学の主要概念 2 デューイ宗教哲学における「信仰」の構造 3 なぜ宗教は共同性の問題になるのか 4 どのようにして信仰の共同性は拡大するか 5 どこまで共同性が認められうるのか |
|
第一部 近代アメリカにおける消費・政治・宗教 |
|
第一章 近代アメリカにおける大衆消費社会の生成と構造 |
|
1 シカゴ万博から消費社会へ 2 近代アメリカの三つの革命 3 イメージと疑似イベント 4 消費の社会的影響 5 消費は感性を書き換える 6 アメリカ的生活様式と、その共同性 |
|
第二章 「リベラリズムは豚を焼くために納屋を焼いてしまった」 |
|
1 複雑な社会、漂流する個人 2 「ボヘミアの海岸」が描かれていない地図 3 近代社会におけるステレオタイプの機能と、専門家への疑義 4 豚を焼くために納屋を焼く 5 探偵と衣服、そして初心 6 見失われた道筋 |
|
第三章 不安定な覚醒者たちの連帯 |
|
1 「覚醒」の時代における民主主義 2 病める魂、回心による解放、近代的な憂鬱 3 覚醒者の手記とその解釈 4 解釈における二つのスタイル 5 私たちはいつでも中間のどこかにいる 6 他者との不一致を知るための間文化的視点 |
|
第四章 介入する部外者たちの重なり合う関心 |
|
1 「公共」哲学者、ジョン・デューイ? 2 当事者ではなく、アウトサイダーの公共性 3 脱地域化と、介入する公衆 4 公私の境界設定と「物質文化」の問題 5 CFにおける「重なり合う関心」 |
|
第二部 信仰と想像力の哲学 |
|
第五章 創造的想像力と自然化されたロマン主義 |
|
1 ロマン主義的遺産の相続者、ジョン・デューイ 2 想像力の概念史 3 Psychologyの想像力論 4 A Common Faithの想像力論 |
|
第六章 消費者に自己超越は可能か |
|
1 ジャズエイジ、あるいは一九二〇年代に由来する「期待」 2 イメージに飲み込まれる社会 3 消費は理想を台無しにする 4 経験にある理想の芽を育てること 5 理想概念の由来と展開 6 共感、敬虔、有限性 7 ニーバーにおいて、ニーバーを超えて |
|
第七章 画一性のディストピアを超えるための二つの戦略 |
|
1 豊かな郊外に現出する画一性のディストピア 2 ジョン・デューイを読むエーリッヒ・フロム 3 フロムの脱宗教的宗教論 4 テクストにおける痕跡の抹消 5 幼児固着と孤立的人間観 6 愛と治療か、普通人の協働か 7 精神分析家と教師 8 「共感」を通じた自律の達成 |
|
第八章 民主主義へのジェファーソン的「信仰」 |
|
1 複雑化する社会における自己統治のジレンマ 2 過大な期待と主権の神話 3 二人のジェファーソン 4 制度構築的な反制度主義 5 民主主義以前の「信頼」 6 デューイ哲学が楽観的であるとはどういうことか 7 未来への責任と楽観性 |
|
終章 知を欲望する、地図を手にする、庭を耕す |
|
1 お上品な伝統と、変化を抑圧する哲学 2 形而上学の回避と、文化としての哲学 3 知への欲望としての哲学 4 地図、図書館、庭園 |